『空飛ぶクルマは飛ばない』青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー 中嶋隆一

1 空飛ぶクルマとは
○イメージとしての空飛ぶクルマ
メディアで空飛ぶクルマが語られる時によくあるのが、渋滞で動かない車列にある車のルーフからローターが出てきて廻り始め、空中に浮いて渋滞の先頭まで一気に飛んでいくというイメージです。つまり普段は気楽に道路を走って、事故渋滞などで予定に間に合わない場合に渋滞区間を飛行機で飛び越えて、時間を節約するという感覚です。普通のセダンでルーフからローターが出て来てヘリコプター、ボンネットからプロペラ、ドア下から翼が出てきて小型飛行機に変形すると言ったイメージです。
○空飛ぶクルマで思うもの
何しろ、空飛ぶクルマのイメージの原型は流星号でしょう。それより明確なものはスーパーマリオネットのジョー90のマックスカー、あとはバックトゥザフューチャーのデロリアンでしょうか。やはり自動車が飛行機能を持っているというイメージが強いです。
○名称の不確かさ
日本政府では空飛ぶクルマという名称を使っています。このクルマをカタカナ表記することで、クルマは自動車などの車ではなく、自家用車、タクシーのように身近に有り、気軽に使えるモビリティということを表現したということです。つまり、クルマにはパーソナル以上の意味はないようです。しかしながらパーソナルには電動と垂直上昇の意味合いを含ませている。そのため、空飛ぶクルマはパーソナル電動垂直直離着陸飛行機という意味合いの表現となります。でもこれは政府が主導したり援助したりするプロジェクトの企画であり、垂直でなくてもドローンでもいいようです。

 

2 車は飛ばない
○クルマに必要なもの
車が車であるための条件があります。まず、移動するために地面を後ろに押し出すための車輪を持っていることで、力を加える対象がしっかりとした地面であり、後ろに蹴り出すためにはある程度の重さで車輪を地面に押し付ける必要があるということです。
重さを持って地面に押し付けるためには車体強度と車輪から来る衝撃を吸収し追随する剛性が必要で、しっかりとしながら柔軟な構造が必要です。
○車に必要がないもの
自動車は地上という平面を走ります。道路しか走れませんので自動車自体に位置制御機能はいりません。下も上もないため視野を限定した覆う構造が取れます。明確な交通規則が有り、一旦停止も走行を止めることもできるので、走行を監視することも、無線により各所へコンタクトして自分の存在を知らしめる必要もありません。

 

3 空を飛ぶとは
○空を飛ぶのに必要なもの
第一に浮力装置が必要です。小型飛行機ではプロペラや翼です。プロペラは飛行機では推進力を、垂直離着陸ドローンでは浮力そのものを与えます。翼を浮力装置というのは重い機体を弱いモーターでも翼から生じる揚力を利用して浮力を得るための揚力機材です。ここで、翼とプロペラを併記したのは垂直離着陸ドローンとヘリコプターの違いを明確にするためです。ヘリコプターの頭の上で回っているのはローターブレードという回転翼でプロペラではありません。プロペラは気流を後方に起こしてその反動で進んだり、機体を空中に引き上げたりしますので、空気の中を移動することで揚力を発生させ浮き上がれせる回転翼とは機能が全く異なります。回転翼は空気との関係だけですので下に機体があっても関係ありませんが、プロペラはプロペラの後ろには期待があれば自分で自分の機体を押し付けることになりますので、クリアである必要があります。そのため垂直上昇用のプロペラは機体から大きくはみ出す構造にならざるを得ません。
そして軽量な機体も必要です。浮上には推力重量比が重要ですので機体が軽量化すると原動機の出力を下げることができて小型化でき、それにより機体が軽量化しますので、また推力を減らすことができます。そのため機体はひたすら軽量化を目指します。
○空を飛ぶのに必要ないもの
空を飛ぶのにしっかりとした車輪は必要はありません。重い機体で離着陸に重い機体を支えての長距離の滑走を必要とする機体は、しっかりとした接地面積やサスペンションを持つ車輪が必要ですが、垂直の離着陸や軽量な機体をすべらせればいい場合はスキッドと言われるソリとそれに小さなキャスターを付けて対応可能です。
機体強度も必要がありません。地上と異なって空を飛ぶ場合、地面からの直接の衝撃はなく、地上でも上空でも衝撃が発生するような硬い物質との接触や衝突もないので、機体は内部構造を守るための硬性容器である必要はありません。現に操縦席を含めてフレームだけの機体も存在できます。

 

4 軽量化とはどういうことか
○機体の軽量化
飛行する場合、車体重量により安定を確保できる地上走行と違い、周囲環境動乱に対する余力が必要です。そのため、ドローン・ヘリコプター・軽飛行機など、低出力の原動機にならざるを得ない機体では、翼やローターが揚力を確保できる対気速度を確保できないため、機体を飛行させるための推力重量比を確保するには機体の軽量化しかありません。
航空機はどのような機種でも素材選択や厚肉の削ぎ落としなどの手法で必要な軽量化がなされていますが、目的によって安全機構の重畳性や耐久性を大きく確保する必要があり、結果として推力重量比の重量部分が増加してしまうのでそれは推力側の上昇で補填します。それでまた重量が増加するために、僅かな重量増加でも雪だるま式に重量増加してしまうことになります。それを避けなくてはならない小型飛行機やヘリは推力重量の割合は、安全機構の重畳性や機体の耐久性、整備性重量すら削って出力余剰を確保しています。
それでは安全や耐久性をどうやって代替するかが問題になりますが、運用で対応することになります。その代替案としていくつかありますが、まず安全性については、河川敷の広場や校庭、運動場などの不時着可能場所を常に確保しながら、その場所をたどるようにちょうど雨の日に水たまりを避けるように、不時着可能場所から遠い場所を避けるように飛行ルートを考えます。耐久性については、定期検査を短間隔にして、フレームの歪みや亀裂を中心に検査し、亀裂の止めリベットの後に当板や溶接などで最低限の補強をします。つまり、亀裂や歪みは想定内で、弱い場所へのダメージ具合を「炭鉱のカナリア」にして低耐久性下での安全性を確保します。
○燃料の軽量化
航空機にとって燃料は重要課題です。それは、本来、乗客や荷物をできるだけ多く遠くに運びたい場合、多くの燃料を搭載する必要があります。そうすると燃料重量の分だけの得られる乗客や荷物の量が減少します。そのため、エンジンで燃料を燃焼させてパワーを得る航空機の場合、タング自体は樹脂製で軽量なために、出発地と目的地の位置高度関係、天候、貨客重量に応じて必要最小限の燃料を搭載します。電気モーターの場合、燃料電池搭載時はエンジンと同様ですが、蓄電池搭載の場合は電気量ではなく電池重量が影響するため、電池自体を増減する必要があります。

 

 

 

【執筆者プロフィール】
中嶋 隆一 Ryuichi NAKAJIMA
EPIC PARTNERS株式会社 監査役。青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー。文筆家。
防衛省で31年間勤務し、研究開発業務に従事。定年退職後は、先端技術の研究・コンサルティング、大手企業のCVCのアドバイザーボード、公共領域のコンサルティング支援を行う。
誘導武器開発官付及び先進技術推進専門官、防衛省幹部学校において技術教育教官の経験を活かして、経営者・先端技術研究者等へのコーティングも行う。航空機搭載の電子とミサイルのスペシャリストとして、執筆、講演、セミナー等を幅広く実施。

 

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