『円安とはなにか』青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー 中嶋隆一

1 円安の円とは何か
○円安
連日ニュースで円安が話題になり、毎日今日は何円だと報道されています。円の価値と言われて、普通の人は自分が持っている財布の中のお金や預金の口座高が減ったような気がします。しかし…
○為替としての円
この円は我々が日常使っている通貨の円とは少し違います。国内で流通する通貨の日銀券の円であり、日本が発行する債権です。円は日本国内でのみ流通するため、他の通貨に触れる機会はほとんどありません。為替の円は、輸出入または海外投資、外貨返済型円借款の返済を外貨決済するのに必要な円で、決済通貨です。円が外貨と接触する機会は外為法の範囲か、海外旅行での現地での両替くらいです。また、日本では海外で得たり両替した外貨の持ち込み、または円の持ち出しは制限されており、外貨の影響は外為の範囲に限定されています。

 

2 為替取引の基礎
○為替取引は2種類ある
金融機関や為替ブローカーなどが行う国際間の外貨交換行為であるインターバンク市場と、企業が外貨で得た輸出利益を円に変換するための企業個人と銀行間取引があります。国際市場と言われ、為替レートを決定するのはインターバンク市場です。
○為替レート
金融機関やブローカーが参加するインターバンク市場の交換比率、成立価値比率が為替レートです。輸入業者や企業の取引や政府の関与では影響されません。銀行間取引であるインターバンク市場においてのみ決定されるため、個別の企業の需要や個人の対銀行取引が直接為替に影響することはなく、需要を見越した銀行やブローカーの意向が大きいと言われます。
○レートとは
レートとは比率という意味で、一般的には異なった種類の財を対価という形で同一価値基準化するためのツールです。直接の意味としては交換比率のことです。広くは労働者の時給などもレートとみなされますし、物品価格も異なった商品を金銭という統一基準に乗せるための基準といえます。国際間取引におけるレートは通貨為替のみでなく、貴金属や原油などに対しても使用されます。
○レートの決定は原油の例で見るとわかりやすい
原油レートを例に取ると、基本的にはまず原油の生産地毎に質の差があり、質は石油製品あたりの原油精製の経費を決定するため、生産地原油により価格にほぼ固定比率の差が発生します。それを前提として原油のレートは生産量と需要の比率で決まるのは市場原理通りです。原油総生産量に対する原油需要は、言い換えれば供給側の総量に対する消費者が支払える金額の総量という言い方ができます。多くの場合、消費者が支払える金額は大きく変動しないので、レートの決定は供給量によって決まります。
○他のレート
他のレートの決定も基本的に同じです。通貨も各国中央銀行の通貨供給量によりレートの変動範囲の概算は決まります。細かな変動は多くの金融要因が影響しますが、多くは通貨量です。ただ、現実の通貨量は物価上昇率などのインフレ要因が大きく発生しないように、中央銀行と政府が管理しますので、勝手に通貨供給を絞ったり拡大したりはできません。結果として極度にインフレを避けるなどしなければ、国力に適正な通貨量に釣り合うことになります。

 

3 輸出入の基礎
○輸出とは
改めて行為を分析すると、輸出とは自国内の資源、資本を使用して製造した製品またはサービスを国外に供給し対価を得る行為です。ここでは生産や国内での調達時の資金には自国通貨で問題ありませんが、海外市場で販売した場合に獲得できる通貨は外貨になります。外貨では国内での調達ができません。また、国内では従業員への給与は現金で支払うか、労使双方の了承により銀行振込で行われます。
○輸入とは
同じように、輸入とは自国内で消費する製品や原料、サービスを国外の市場で調達して国内に持ち込む行為です。ここでは海外市場は当該国の通貨で交換されており、物品役務の調達には当該国の通貨である外貨が必要になりますが、製品役務を国内に提供して対価として得られるのは円であり、そのまま海外での再調達に使用できません。

 

4 輸出入における円安の影響
○輸入品の円建て価格の上昇
外国での調達時のドル建ての原価が変動なく維持されても、円のレートが安くなれば、日本企業が購入に必要なドルを調達するための円がより多く必要になります。そのため、日本販売時の製品の材料費が上昇し、以前のままの利益率を得るためには国内価格を引き上げる必要があります。
○輸出品のドル建て価格の低下
日本の企業が生産した輸出品をドル建ての契約金額で納入し、規定通りのドル建て支払いを受けた場合、その売上を日本国内に持ち込むために円建てに換算すると、円安分だけの差益が生じます。製造時に材料や人件費の購入が円建てだった場合、為替差益はそのまま営業外利益として経常利益に加えられます。
○輸出企業の為替についての特徴
日本の輸出企業については、国内加工工場における原材料が輸入品の場合が多く、為替差益と同時に為替差損が発生します。為替の変動は企業努力によって原価購入契約を長期契約にして、単価当たりの価格を減額しかつ安定化させようとする努力を無効にする可能性があります。そのために為替差益を経常利益化するよりも、海外子会社を作って外貨をストックし、外貨だけで購入費、販売売上、海外投資を管理する対策があります。海外子会社にとどまる利益は10年間で約3倍に達しています。
○輸入企業の為替対策
輸入企業は為替による製品輸入価格の上昇を価格上昇で対応できるような環境が整ってきましたが、価格転嫁にはタイムラグが避けられません。その対応として、輸入業者は輸入品に対して付加価値を付けて再輸出し、輸出企業と同様な海外資産管理の海外拠点を確保する必要があります。例えば、原油輸入企業は石油製品の輸出を、鉄鋼会社は鉄鉱石輸入に対して付加価値を付けた特殊鋼材などの輸出を行っています。

 

5 現在の為替の実情
○為替量の限定化
輸出入時の決済に使う為替は海外代理店などを介することにより限定されており、外貨が見かけ上の売上高はともかく、恒常的に再生産を必要とする企業の利益に大きく影響することはありません。輸出主体の企業にとって日本円が必要となるのは、日本在住従業員への給与とそれに関わる給与各種控除と法人税支払いくらいでしょう。
○為替投機の拡大
これまで為替に関して実利用にのみ言及してきましたが、為替取引の参加者には「投機筋」と「実需筋」の2種類があります。文字通り実利用者は実需筋ということになります。投機筋は為替の変動を利用して売買価格差を利益として得ようとする投機利用ということです。投資と投機の違いは、対象に資産として資金を受ける利益があるかどうかと考えますと、為替は当該国が購入されることにより利益は生じないので、購入者の一方的利益追求であり、投機以外に需要しない部外者の参加は意味がありません。そこで取引手数料による利益拡大のために投機的売買を仲介することになります。
○投機とは
投資と言われるものに株式がありますが、株式には企業やその業界に対する知識が必要になることから、参入障壁が高いです。その結果、物価追随や日経平均連動などの投資信託に多くの人が頼ることになります。一方為替は通貨供給量、国債短期金利など参考にするものがそれほど複雑ではなく、レバレッジの利用も可能なので参加しやすいという面があります。このレバレッジは見た目の為替交換量を増大させるという効果があり、前述の実需の低下が相まって、実需と投機の割合は1対10で為替は実際は投機によって動かされているという事実があります。ただ、前述の通り為替はインターバンク市場での価格であり、銀行の売買は実需要に限定され、短期の取引の多くは実需要ではありませんので、銀行は余程の偏りがなければストックで対応可能でしょう。

 

6 円安にどう対応するか
○為替は利用するしかない
国や国際機関の管理が困難であり、為替変動による損得のみによって変動する為替への対応は限定されますが、結論としては為替を利用して利益を得るしかないということになります。
○輸出の促進
産業の生産物やサービスを国内基準だけでなく輸出向け基準を設定し、輸出向け商品を開発すること、また輸出先の開拓を実施するとともに、不利になる不正貿易に対して断固たる姿勢を取ることが挙げられます。
○二重価格
輸入品、特に石油製品等の原料輸入品に対して軽減税率を実施して負担を軽減する。またインバウンド消費に対して二重価格を実施して為替の国民還流を実施するということも考えられます。

 

 

 

【執筆者プロフィール】
中嶋 隆一 Ryuichi NAKAJIMA
EPIC PARTNERS株式会社 監査役。青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー。文筆家。
防衛省で31年間勤務し、研究開発業務に従事。定年退職後は、先端技術の研究・コンサルティング、大手企業のCVCのアドバイザーボード、公共領域のコンサルティング支援を行う。
誘導武器開発官付及び先進技術推進専門官、防衛省幹部学校において技術教育教官の経験を活かして、経営者・先端技術研究者等へのコーティングも行う。航空機搭載の電子とミサイルのスペシャリストとして、執筆、講演、セミナー等を幅広く実施。

 

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