『AIのシンギュラリティがいつ来るかさっぱり分からない理由』青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー 中嶋隆一

1 シンギュラリティ

○シンギュラリティという用語

シンギュラリティという言葉を聞きますが、シンギュラリティはそのままでは「特異点」と訳されます。一般的に使う特異点は、関数などでグラフを書くときに、線形や連続性が破れて突然に値が飛躍する点として使用します。時間軸やX軸など増加方向から辿った場合も減少方向から辿った場合も、値に連続性が失われる状態のことです。基本的に連続な変化の中での特異な現象としてのデータであって、単なる変化が急激で目立つ程度のときには使いません。

 

○なぜシンギュラリティが出て来るか

近年、特に昨年から急にシンギュラリティが話題に出るようになりました。

AIのシンギュラリティが急激に一般的な注目を集めるようになったのは、やはり生成AIPCやスマホに標準に装備されて、ユーザーの質問に対して(正誤はともかく)文章構成中に論理矛盾が無く、折り返される会話として成り立っているのを経験したことが、AIが急速にその能力を高めていると感じるようになったためと思います。これは、産業ロボット等による肉体労働の代替だけでなく、AIによる知的労働の範疇にまで人間の労働の代替が可能になった、つまり雇用の喪失がすべての職種にまで及んだと認識されることになったのだと思います。この人の不要感がシンギュラリティだということではないでしょうか。

 

2 人間にとってのシンギュラリティ

AIと人間の能力を比較する

これまでのAIの発達の中で、AIの能力に驚かされるニュースが何度か有りました。それは、シンギュラリティという言葉は使わなくても、AIAI自体かロボットを介してかは様々ですが、人間や他の動物の思考や行動を模倣することができたというニュースです。

ここには人間や動物が優秀であるという認識があったように思います。大きな戦争の後にはヒューマニズムが高揚するという歴史があります。ヒューマニズムは社会的には人間礼賛に現れる場合が多いと思います。AI、当時はコンピュータやロボットですが、それに対して、脳細胞数の巨大性や2足歩行の制御性、思考の多様性など生物の優越性を語る場面が多かったと思います。

 

AIの勝利の衝撃

このような人間能力優越意識は、80年以降に様々な面で打ち破られることになります。様々な機械化、IT化は職人や高スキルを無意味にしました。この、長年、歴史的に培われ、修行と言われるノウハウの獲得努力で手に入れた名人と言われる能力を無意味と実感させられるのは確かに辛かったと想像できます。

 

○産業ロボット等

最初に驚いたのは、自動車の組立ラインを熟練職人からスポット溶接ロボットに移行したことです。人々は多関節アームで最適な方向から各ポイントを溶接していくロボットのスムーズな動きに驚いて、熟練職人はいらなくなったことを実感しました。この事象は各所で見られました。

農業では無人の田植え機でしょうか。耕運機、コンバイン、脱穀、精米など米づくり作業の多くが機械化されながら、機械の動きでは無理だと思われていた、苗を田の泥の最適深度に茎を折らずに押し込む柔らかな動きが機械化され、また実用性が十分確認されて、農家は省力化と均一化がなされました。

 

○将棋ソフト

将棋AIPONANZAが佐藤天彦名人(29)を破りました。AIによる、人間とは違う独創性と最良の指し手の選択は、今まで人間が培ってきたものを凌駕するという意味で、間違いなく衝撃を与えました。以前からチェスがAIに負けるという話題はありましたが、取った駒を持ち駒として使えたり、相手陣地に入ると成駒として強くなるという、将棋というより複雑なルールの上では簡単ではない、という思い込みが短期間で凌駕されたという驚きでも有りました。

 

ASIMO

今でも人間の特徴の第一は直立2足歩行だと言われるくらい、2足歩行は進化の成果であって難しい機能だという認識でした。ロボットへの適応は困難というのも当然と思われていました。何しろ、普通の2足ロボットは足裏に車輪を付けたずり足でした。また2足歩行にしても、下半身だけ、大型計算機にケーブルで繋いで、大きな挙動で動いていました。これを見ながら、多くに人は、重心を片足を上げるのに必要十分な量だけ左右の重心を振りながら、前進のために縦方向の重心を片足で受け止められる移動量分だけ上半身を前に倒すという、多重なコントロールは大量の演算を高速で処理する必要があので小さな期待に収まるはずがないと思われていました。

ASIMOは人より小型で、ケーブルがなく自律行動です。街を歩いていても違和感がないということは本当に驚きました。

 

○生成AI

近年での驚きは生成AI でしょう。もちろんテーマにもよりますが、制作物としてまた言語生成として論文、イメージ生成としてイラストを作成し、一見してAIと人間の作品が見分けられないものも作られるようになりました。従来は、PCやスマホ上で、検索したウェブサイトからカットしてきた文章や画像をソフト上にペーストし、文章の形態や繋がりを補足したり、画像の大きさや色感をあわせるなどの作業を加えて文章やイラストを作成したりしていました。まだ違和感の調整は必要ですが、長編の小説やアニメーションへの適応を狙っていて高度化しています。

 

3 様々なシンギュラリティ

○様々なシンギュラリティ

シンギュラリティにいろいろな意見があるのは、AIに代替させたい人の能力への分析に様々あるからです。作業技量に注目するもの、構成の自然性に注目するもの、発想の独自性に注目するもの、視点の高度性に注目するもので評価が違ってきます。つまりAIITの能力向上で代替される職域がある場合、その能力がその業種を消滅させる機構が出来上がるわけです。

その代替を単なるIT化ではなく、汎用AIの学習機能により獲得するので、人間がそのタイミングを予見できないということが重要です。

 

○ユーザーにとってのシンギュラリティ

多くの人がシンギュラリティを感じるのは、自分がオーダーした仕事で人がやった結果とAIがやった結果の判別ができない状態になったときです。AGIのように、専用の入力ではなく普通に人に頼むようにオーダーして、AIが勝手に人がするように、以前やった前例を見て、やり方を学習して、指定されたデータをファイルから探してきて、前例の書式に従って新たなデーターを入力処理すると、オーダーした人間から見ると作業量は人に対するよりも省力化できる可能性が高いので、置き換えが可能です。

現状では全ての作業に対してAIであるかの判別ができないほどの能力には至っていないですし、各国の細かな法律への適合性判定や各国の文化や用語への細かな整合性が満たされているとは言い難い程度であると思われます。そのような整合性を必要としないユーザーにとって既にシンギュラリティは来ているとも言えます。

 

○メーカーについてのシンギュラリティ

製造ラインはもちろんですが、設計などにAIは活用されます。自動車を考えても、現在はデザインや構造設計などを完成させるために、部材強度剛性データなどと、作りたい必要十分なスケールキャラクターを入力し、データ検索、各種数値設定を行った後にシミュレーションを行い、数値を微調整しながら最適な数値を決定して車を設計します。

この製造において、シンギュラリティの水準を考えると、当初の市場環境や将来の社会環境予測から社会的要求や個人の嗜好方向からモビリティ構想を想定し、採用可能な先端技術予測や材料特性を検索、予測し要求事項に合わせて組み合わせ、実車設計まで持っていく所あたりでしょうか。これでデザインも設計もいらなくなるわけですが、これは近い将来にやってくると考えられます。

 

○科学者についてのシンギュラリティ

科学者研究者のシンギュラリティは全く違うようです。研究者は理論や現象を組み合わせて、あらゆる可能性を空想し理論付けて理解します。素粒子や超ひも理論、マルチバースやホログラム宇宙論など、理論立てした想像力の豊かさに驚かされます。そのような想像力の研究者にとって、AIが既存のデータを使って予測する未知の現象など、多くは想定内であって驚くようなものは中々現れないでしょう。

そう考えると、AIのシンギュラリティは研究者の想像性や理解力を超える必要性があります。これを言葉で表現すると、AIのシンギュラリティは、研究者が想像しなかった隠された物理現象を見つけ出し、研究科が理解できないほどの複雑高度な解法によりその存在の必然性を説明した時、人間を超えたと判断できます。

 

このようなシンギュラリティを発生するAIシステムはどのような学習が必要か想像できず、簡単に来訪するかは予見できないと思われます。

 

 

 

【執筆者プロフィール】
中嶋 隆一 Ryuichi NAKAJIMA
EPIC PARTNERS株式会社 監査役。青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー。文筆家。
防衛省で31年間勤務し、研究開発業務に従事。定年退職後は、先端技術の研究・コンサルティング、大手企業のCVCのアドバイザーボード、公共領域のコンサルティング支援を行う。
誘導武器開発官付及び先進技術推進専門官、防衛省幹部学校において技術教育教官の経験を活かして、経営者・先端技術研究者等へのコーティングも行う。航空機搭載の電子とミサイルのスペシャリストとして、執筆、講演、セミナー等を幅広く実施。

 

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