『宇宙エレベーター等に見るキーテクノロジー』青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー 中嶋隆一

○宇宙エレベーターとは
現在、地球の周囲には様々な高度、200kmから静止軌道3万6千kmまでに多くの人工衛星が飛行している。それらはその衛星の数だけ多数の宇宙ロケットで、その軌道に運ばれている。また400km上空にある国際宇宙ステーションISSは建設開始から22年、230回の往還が行われている。ここまで頻繁に大量のエネルギーを使って往還するのならば、エネベーターを設置したほうが便利ではないかと考える。富士山に物を運ぶのに人力では運搬力に制限があり、また誰でも行けるわけではないとしたら、登山電車をつければいいじゃないかという発想である。、
原理は簡単である。静止衛星軌道に重心が来るようなエレベータケーブルを重力と遠心力が釣り合うように設置し、動力付きカゴが釣り合いながらそのケーブルを上下しする装置であり、衛星や実験資材を必要な高度まで運搬し、衛星を軌道投入したり、宇宙環境での無重力実験をすることが出来ますし、もちろん特殊な訓練無しでエレベータ宇宙旅行が出来ます。

 

○構造
建設工程から構造と技術要素をみてみますと、大型ロケットを使って静止軌道に衛星を打ち上げます。その衛生から地上に向けてケーブルを下ろします。その時にケーブルの重量によって重心が静止軌道から離れないように反対方向にも釣り合いを保ちながらケーブルを伸ばします。ケーブルが地上に達したら大きなドーナツ型の建築物で3次元的な自由度を持って設置させます。人員物資運搬用の自走式コンテナであるクライマーをケーブルをつたい登らせて資材や人員を輸送します。その人員資材で、静止衛星や100km、400km地点などに衛星発射台、無重力実験室、居住区などを重心を釣り合わせながら建設します。

 

○重要な技術課題
・クライマー
 クライマーの動力は実は大変です。地上のエレベーターの動力はビル側に装備され、その動力も吊り下げるカゴは滑車で反対側に吊るした自重相当のおもりでバランスしていて、必要なのは搭載物の重量分だけの動力性能だけです。クライマーの場合はカゴの重量、搭載重量、動力装置の重量もかかりますので、高出力軽量で、3万キロまで移動可能な耐久性のある動力設計が重要になります。
・ケーブル
ケーブルに要求されるものは強度と軽量化の両立です。地球の垂らす分だけで3万キロその反対側にモーメントバランスのために10万キロでそのケーブルは静止衛星からモーメント均等を守って繰り出す必要があり、重量があると安定した繰り出しができませんし、重力と遠心力によってケーブルに張力が発生します。そのために高張力と軽量は同じ意味で重要になります。

 

○カーボンナノチューブ
高張力と軽量を満たすものは現在のところカーボンナノチューブしかありません。カーボンナノチューブとは1分子厚さのグラファイトをチューブ状に長手方向に成長させたシートです。ダイヤモンドでもわかる強力な炭素結合であり、かつ結合が均一なために加えられた張力が全分子に均等に拡散するために高張力を発生し、1分子構造のために軽量です。

 

○あまりにも高すぎるハードル
この宇宙エレベーターはとにかくハードルの高い構想事業です。簡単に思いつくだけでも宇宙デブリ対策、貿易風などのジェット気流対策、10万キロ間でのプラットホームを含めたモーメント整合対策、その中でも私が思うのはカーボンナノチューブの長鎖化限界です。
カーボンナノチューブが環状のグラフェンを誘電などの方法で結晶成長させて製造します。結晶成長には欠損の確率が必ずあります。カーボンナノチューブの張力を目的とした使い方ならば、格子欠損は応力集中しますので1点でもあれば使用不能です。同じく結晶成長で製造するシリコン基板などは出来上がった結晶柱をスライスしたものをX線などで検査して、欠損のないスライスをエッチングに回すので問題はありませんが、切繋ぎのできない構造で、結晶成長の10キロメートルを無欠損でなど考えられないのです。現状での成長限界は中国が50センチを達成したと言っているのが最長です。

 

○思い出す成層圏プラットホーム
製造に関して素材を知らないために失敗した事業として私が経験したものが成層圏プラットフォーム事業です。衛星の代りに飛行船を成層圏に滞在させて通信中継やサーベランスを行うものでした。空気の薄い成層圏は浮力の小さい空間であり、かつ浮力のガスは水素は禁止されているのでヘリウムしかありえないので、浮力には巨大な気球を耐水高張力軽量素材で作るしかありません。繊維メーカーに対処を図ってみましたがどうしても素材が構想できないとのことでした。
10年前のことですが、未だにその時点の候補以上の耐水高張力軽量織物はできていないようです。繊維では紡績からアパレルまでを川上、川下といった表現がありますが、川上の可能性を知らないで川下が失敗する話はありえると思いました。

 

 

 

【執筆者プロフィール】
中嶋 隆一 Ryuichi NAKAJIMA
EPIC PARTNERS株式会社 監査役。青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー。文筆家。
防衛省で31年間勤務し、研究開発業務に従事。定年退職後は、先端技術の研究・コンサルティング、大手企業のCVCのアドバイザーボード、公共領域のコンサルティング支援を行う。
誘導武器開発官付及び先進技術推進専門官、防衛省幹部学校において技術教育教官の経験を活かして、経営者・先端技術研究者等へのコーティングも行う。航空機搭載の電子とミサイルのスペシャリストとして、執筆、講演、セミナー等を幅広く実施。

 

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