『カティサークから分岐する知識の多様性』青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー 中嶋隆一

○カティーサークというウイスキー
我々にとってカティーサークといえば、スコッチウイスキーのことです。二弾絞りの肩の張った細い緑の瓶に鮮やかな黄色のラベルを見たことは有ると思いますし、酒屋に行けば必ず見られます。ラベルには白い帆布に黒い船体のきれいな帆船の絵が書かれており、この帆船が名前の由来のカティーサーク号です。

 

○スコッチウイスキーとは
スコッチウイスキーの発展には国家の無知のために発生した悲劇として有名なダリエン計画が影響しています。グレートブリテンは、スコットランドのダリエン計画の負債をイングランドに補填してもらうための1707年合同法により、イングランド王国とスコットランド王国が合併し、連合王国として建国されました。その時イングランドは補填額の回収のためにスコットランドに高額な酒税を設定しました。それに対抗すべくスコットランドの醸造所の多くは密造所になりました。密造所になると、そこで作る酒はスコットランド外とは交流できないことになりますし、切磋琢磨する相手はスコットランド内の醸造所だけになり、原料も水も製法もローカライズされたものになります。また販売も瓶にラベルを貼って販売することができないため、醸造樽に入れたまま、その日消費する分だけ樽から何ショットか分だけ量り売りするので、酒は樽のフレーバー影響が強くでる癖の大きいモルトウイスキーになります。

 

○カティーサークと禁酒法と「the real McCoy」
実はこのカティーサーク、普通にスコットランドで生まれて飲まれたウイスキーではありません。カティサークの誕生は1923年、時は1920年といえば米国の禁酒法。1933年まで続く禁酒法はアル・カポネの密造酒を生んだだけではありません。この主役は密輸の専門家マッコイ船長で、彼が開拓したルートは、バハマに正規輸入され入管したカティサークは、ナッソー港で船に積まれた大西洋を北上し、奴隷貿易時代に奴隷が作ったサトウキビで作った砂糖と、ラム酒を運んだルートを通って着いたニューヨーク沖まで運びます。輸送した側が捕まらないように米国の領海外で、手配した密売人の船に“瀬どり”されニューヨークに持ち込まれます。この逮捕される密売人の中には密造酒を作っていたアルカポネもいました。
マッコイ船長の密輸品は中身のすり替えや中抜き等がなく、スコッチそのものだったために、良い酒の合言葉がマッコイルート品であるという意味の「リアル・マッコイ」になり、これが俗語の「最高」の意味に転じたらしいです。

 

2 ティークリッパーのカティーサーク
○ティークリッパーとは
船のカティサークの話に移ります。カティサークはラベルになるくらいなのでとてもルックスの良い船です。何しろ最後の帆船とも言える船なので、帆船技術のすべてを注ぎ込んでいます。姿よく見えるのは、船体がスマートでとてもスタイルの良いこと、その細身とそう大きくない船体にも関わらず、船体全てを覆い隠すような、3本のマストに32枚のセイルを貼っています。特にクリッパーだけに見られるマスト最上部の3枚のムーンセイルと、フォアマストからバウスプリットに張られる3枚の三角のジブはこの船の特徴です。このたくさんのセイルはなんと弱い風や風向きが違う風であっても加速力を出せるという、高速帆走技術の結晶です。

 

○英国にとっての茶
なぜそんな高速船が必用だったかですが、それはティクリッパーの名前にあります。英国は海外進出により中国と交易ができると、お茶の虜になります。硬水で飲みにくい又衛生的でない英国の水は飲料には適さず、飲用にはビールやジンにして殺菌して飲用にしていましたので、アルコール中毒は英国の大問題でした。お茶はその代替になり、日常値用のために大量のお茶が必要になったわけです。

 

○茶とクリッパーと船の高速化
お茶と言って連想されることに、アヘン戦争の要因になったということもあります。英国には輸入する茶葉と釣り合うような有効な輸出品がまったくなく、支払う銀で国内の流通銀が払底し、商業が成り立たなくなるために、国内で違法なアヘンを輸出品に使ったと言われています。
そんな英国は、18世紀初頭までに産業革命を成功させ、1830年代から「世界の工場」として格安で競争力の高い商品の製造が可能になりました。大量の製品を売りさばくためには市場の拡張が必要になり、自由貿易を推進する立場になりました。その結果、東インド会社の貿易独占や自国船貿易に限定する「航海法」が廃止されると外国船もイギリス貿易に参加できるようになり、茶葉の輸送も競争の時代へと入りました。
その結果として、1850年代からお茶をできるだけ早く、大量に輸送するティークリッパーが活用されるようになりました。とりわけ新茶の輸送競争は速い船の茶葉にプレミアが付くティークリッパー・レースとしてさかんになりました。

 

3 タムオシャンタのカティーサーク
○タムオシャンタの牝馬を思え
カティサークはロバート・バーンズのタムオシャンタの詩に出てくる妖精のことです。妖精の名前はナニーですが、ナニーはシュミーズだけの姿だったので、タムはナニーのダンスを除き見て、“Weel done, Cutty Sark”(いいぞ、シュミーズ女)、と叫んで見つかって追いかけられた事によります。 
タムオシャンタの妖精は、メグという名の牝馬で逃げるタムを執拗に追いかけます。追いつかれそうになりますが、妖精が馬の尻尾に手がかかったと同時に、川を越えられない妖精の領域の橋にたどり着きます。タムは助かりますが、牝馬のメグは尻尾を失ってしまいます。
最後に作者ロバート・バーンズはこの詩の結論を述べます。『酒』や女など不埒な楽しみには犠牲が伴う、「タムオシャンタの牝馬を思え」

 

○スコットランドにおける魔女と妖精
タムオシャンタには多数の幽霊と妖精が出てきます。何と言ってもスコットランドはハリー・ポッターの国で、妖精事典が存在するほどに多様な妖精が存在します。これはケルトの文化だと言われています。真夏の夜の夢やアーサー王物語など、島のケルトの文化には妖精の存在は欠かせません。
ケルトは様々な説がありますが、ローマ史でガリア人と呼ばれる民族の一部でしょう。ローマなど記録を残した国家において蛮族の分類はあまり意味を持ちません。単にローマ帝国繁栄期に西ヨーロッパに存在した部族群の総称というのがケルト、ガリア人ということでしょう。彼らの社会はアミニズムであり、その感じ方が妖精なのでしょう。キリスト教はハイレベルな宗教でなかなか庶民に浸透しませんでしたので、カトリックは人治主義で、軌跡や聖遺物、魔女などを使って柔軟にアミニズムを取り入れています。

 

○カティーサークという衣装
短いシャツイコールシュミーズという表現は女性下着イコールシュミーズということを示しています。この頃のスコットランドでは男性下着はシャツ、女性の下着はシュミーズしかないということで、どちらもサークとよんでいたらしいですが、カティサークは女性用下着を指しますが、多様性はなくとても質素だったということです。
もともとシュミーズは、胸とウエストを矯正するコルセットと、ヒップの強調とスカートにペチカートの重ね着と合わせて広がりを与えるパニエという骨組みの付いた硬めの補正下着を着けるために、肌と補正下着の間にどうしても必要になる緩衝材としての下着です。この、コルセット、パニエ、シュミーズがロココの優雅なドレスを支える発明と言えます。
このすぐ後にエンパイアスタイルで、補正下着なしに直接ドレスを着るようになり、肌に引っかからず滑らかにヒラヒラさせるため潤滑性下着としてのスリップが出てくるのとは違い、コルセットとパニエの緩衝材なのでそれほど長くする必要はないということになります。なので、コルセットなどを脱いだ後、室内で夜くつろぐときの女性の姿は短いシュミーズだけということになります。カティーサークは女性のくつろいだ姿ということになります。
それを覗いたのだから、怒って追いかけられるのもわかります。
蛇足ですが、このエンパイアスタイルはナポレオンが破れての共和制帝政期から王政復古ですぐに大きなドレスに戻りますが、パニエは鯨のヒゲの利用により裾まで枠を広げ、ペチコートを重ねる必要がなく、膨らんだ割に重くないスカートになります。広がったドレススタイルは18世紀と同じですが19世紀は確実に進歩が存在します。

 

○ロバート・バーンズとスコットランド
スコットランドの詩人として、日本人は学校でウォルター・スコットを学びますが、スコットランド人と仲良くなるにはロバート・バーンズについて語ることと言われます。スコットランド文化の象徴的存在でありスコッチを何よりも愛した詩人は様々に呼ばれていて、「農民詩人」「スコットランドの息子」「スコットランド最愛の息子」「スコットランド民族の誇り」「スコッチウイスキーの吟遊詩人」ともいわれています。
ロバート・バーンズを知って、通常の学校の勉強やメディアの視聴でわかっているように見えて、実はわかっていないことは多く有るのだと思いました。

 

 

 

【執筆者プロフィール】
中嶋 隆一 Ryuichi NAKAJIMA
EPIC PARTNERS株式会社 監査役。青山先端技術研究所・エグゼクティブフェロー。文筆家。
防衛省で31年間勤務し、研究開発業務に従事。定年退職後は、先端技術の研究・コンサルティング、大手企業のCVCのアドバイザーボード、公共領域のコンサルティング支援を行う。
誘導武器開発官付及び先進技術推進専門官、防衛省幹部学校において技術教育教官の経験を活かして、経営者・先端技術研究者等へのコーティングも行う。航空機搭載の電子とミサイルのスペシャリストとして、執筆、講演、セミナー等を幅広く実施。

 

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